2019年12月22日日曜日

伊尾木洞(高知県安芸市)

高知県安芸市を国道55号線沿いに東へ進み、市街地をはずれたところの道沿いに伊尾木洞はあります。
(注意:伊尾木洞はマムシ(ハメ)が生息し、出てくる場合もありますので、十分注意してください。)



グーグルさんで伊尾木洞を選択し、道案内をするとほんけ入り口まで案内してくれますが、駐車スペースはありません。
国道55線のKマートさんの裏側に伊尾木洞駐車場(観光協会)があります。
のでそちらへ停めましょう!



ここで長靴も貸してもらえます。
ボランティアの方々が説明もしてくれます。
渇水期は長靴を履かなくても、十分行けますが、足場が悪いのでヒール靴は避けましょう。
自然を楽しむ場所へヒール靴で行くこと自体間違ってますけどね(^^;)

春先や雨季は絶対長靴を履いてください。
決してサンダルでは行かない事!
マムシに噛まれると大変ですので!長靴をかりてください。





駐車場から国道55号を渡り、1分もしないうちに入り口まで到達します。



コンクリートの道から一歩踏み出すと、まるで数万年前の時代にタイムスリップしたかのような景色が目に飛び込んできます。




 この洞窟は周辺が海だった頃、波の浸食により出来た天然の海食洞で、高さは約5m、幅は約3mで全長は約40mほどです。その奥は渓谷に続いていて普段は足を浸すくらいの水が流れ出ています。

 独特地形と植生をもつ伊尾木洞ですが、どうやってできたのでしょう?
安芸市観光協会の伊尾木洞パンフレットに説明が載っていたので抜粋させてもらいます。

・洞窟の壁を作っている地層(穴内層)が土佐湾の海底にたまる(310〜230万年前)。地層は その後、地震のたびに隆起を繰り返し、やがて地上に姿を表す。

・波によって海岸の砂利が繰り返し打ち寄せられるうちに地層が平らに削られ、波食台となる。波食台が隆起し、土砂が溜まって段丘となる(12〜13万年前)。

・段丘はさらに隆起して、海岸に崖ができる。海岸に打ち寄せる波によって岩盤の割れ目が広げられ海食洞ができる。

・地盤の隆起と海面の低下に伴って、海食洞は海岸から離れて内陸の洞窟となる。
それまで伏流していた川が洞窟に侵入し、現在の姿となる。

 このように、凄く長い年月と、多くの条件が重なってできたのが、伊尾木洞です。

ちなみに、入り口の洞窟を抜けた先、壁面がボコボコしている辺りでは、頻繁に化石が見つかります。
 貝の化石が多いのは、伊尾木洞が大昔に海底にあったなによりの証拠でなかには絶滅した貝の化石などもあるようです。




約300万年前に海の中で堆積した地層が隆起して、水成岩が渓谷からの水で浸食されてできた天然の洞窟で、年間を通して約20度の温度に保たれている。

長さは約40m、幅約3m、高さ約5mの規模である。




 洞窟を通り抜けると崖に囲まれ、シダ群落による神秘的な光景が見られる。



1926年10月20日、日本列島の温暖な地帯に広く分布するシダが1か所に生息していることは珍しいため、国の天然記念物に指定されています。




 洞窟の温度、湿度、明るさ、岩石の多い地形等がシダの生育条件に適しているため、約40種類もの多くのシダが共生している。

★指定されているシダ:ホウビシダ、コモチシダ、ノコギリシダ、ホウライシダ、マツザカシダ、シロヤマゼンマイ、クリハラン

 そのもっと奥に滝もあります。
あまり大きな滝ではありませんが、シダ類に囲まれた景色がタイムスリップ感を一層沸きたててくれるでしょう。




この滝から右へと進むと、上に出られます。
出た瞬間、また現実世界に引き戻されたかのような感覚にも陥るかも。
そしてぐるっと回って、駐車場まで戻れます。
途中、太平洋が一望できる場所もあります。
所要時間は人によりけりですが、20分から40分でしょうか



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天満峠 仏崎展望所(愛媛県四国中央市)


 愛媛県道13号沿線最大の絶景スポットとして知られる天満峠。

 日中は海を中心に絶景が広がりますが、夜になると漁港や旧土居町を中心とした街明かりが中心となります。光量は少なめで、夜景の規模としては小さい方です。





 四国中央市から西条市へ向けて行く時は、分かりづらいのですが、逆に西条市方面から四国中央市に抜ける時はばっちり見えます。

壬生川新居浜野田線(県道3号線)の天満峠もワインディングが楽しめるいい場所です!

 結構気持ち良く走っていると見落としがち、というか気付いても止まりずらい場所の景色なんですよね。

しかも目印とかも無く、パッと出てくる、という感じなので夢中になって走っているとまず止まれないと思います!

でもちょうど路側帯というか、ちょっと駐車ができるかな?ってぐらいのスペースはあります。



なお、時間帯によっては通行量が多いため、車を停める場合は安全な場所で!

晴天だともっと景色がいいんでしょうね~



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2019年12月21日土曜日

恵比須洞(徳島県美波町)

徳島県海部郡美波町にある洞窟



大浜海岸から東へ進むこと数分の所にあります。
途中「恋人岬」なるものもあり、眺めはいいですよ。


大浜海岸といえば、ウミガメの産卵地として広く知られていています。毎年5月中旬~8月中旬にかけて産卵のためアカウミガメが訪れます。

白砂の海岸は南国詩情あふれる景勝地としても有名で、日本の渚百選にも選ばれました。


話は戻り・・・
えびす洞は、田井湾の入り口、標高52mの岩山の内部が波に浸食され、幅32m。高さ31m。洞穴は左右二洞に分かれ、左方の奥行きは、48mに達し、後方に口をあけている。
 珍しいイワツバメが生息しています。

また、岩山を巡る遊歩道があり、山上の展望台では、大浜海岸や太平洋の景色を満悦できます。

車が3台ぐらい停めれる駐車スペースがありますので、そこから右手に恵比寿洞の入り口があります。




 入り口から数分で到達できます。
 写真でもお分かりと思いますが。恵比寿洞から上にも登れます。
右手階段から先っちょまでいけます。
中腹から真逆にも行けるみたいですが・・・
ちょっと勾配がきついですので諦めました。

 ぽっかりと穴があいた様はしばし時を忘れ見入ることでしょう。

 この日は波が穏やかだったのですが、波が高い時は岩場にあたる波が洞窟の反響により大きな音をたてることもあるとか。


海ガメの産卵地が近いだけあって、海がほんっと綺麗です。




洞窟から先にすすむこと10分ぐらいでこんな景色を見ることもできます。






まるで虫がたべたような穴が岩場にあります。




 こんな風に岩場に石ころが入り、波があたったり、風で削っているんでしょうね~


岩場の向こうに見えるのは、「大浜海岸」と「ホテル白い燈台」です。
岩場散策は30分ぐらい要しました。

 さてさて、また洞窟まで戻り、今度は頂上を目指します。
5分ぐらい登ると頂上につきます。

洞窟から右手に登るのは結構きついですが、頂上だけ目指すなら入り口から少しいくと左ルートで登れます。
こっちのほうが楽!!

あいにくの曇りでしたが・・・天気がいいと眺めも素晴らしいんでしょうね。



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2019年12月18日水曜日

日本の岬九十箇所巡り(徳島県 刈又埼-刈又埼灯台)-37/90-

今回訪れたのは、徳島県阿南市にある刈又埼灯台です。


蒲生田岬の対岸に位置する場所で、対外、蒲生田岬に向かうのでこちらはあまり知られてないんではないでしょうか。
釣りをしてる人が多かったので、釣り人には知られたスポットかもしれません。



まずコチラに行くのに、地図で見てお分かりかと思いますが、「椿泊の町並み」という場所を通らなければなりません。







 椿泊は阿波水軍の根拠地であって、椿泊全域が水軍の統師森家の知行地であり、人口の半数が家臣(舎人)だったそうです。

 森志摩守村春は天正年間(1573~92)長宗我部氏に従わず、蜂須賀家政の木津城攻略に功績があり、椿泊を中心に約3,000石の知行地を与えられ、以後阿波水軍の根拠地となった。

 また森家は蜂須賀家政から椿泊以南海部郡内の漁業権を得ていた。

 慶長11年(1606)江戸築城の運使を勤め、慶長19年(1614)の大坂冬の陣には蜂須賀至鎮に従軍している。

 水軍は参勤交代や藩主の子女の輿入れなど藩主の船運の全てを行うなど、森家の役割は大きかった。

 椿泊浦に居住する家臣を譜代と外様に分離し、外様は無禄であったが、譜代家臣には役目をつけ扶持米を与えた。

 椿泊浦の譜代家臣(浦士)は48軒であったが、明治初年には65家となっていた。

 天明6年(1786)の村々浦里男女人改帳では687人であり、文化年間(1804~18)に編纂された「阿波志」によると、椿泊浦の戸数250・人数723で、半数は森氏の舎人(家臣)であった。

 明治9年の戸数450(森氏家臣59)うち伊島96、人数2,365(士族322)うち伊島573。
 職業別戸数は農業2、商業47、漁業391、工業11。

 町並の奥の方に椿泊小学校がある。

 その敷地が森甚五兵衛が造った椿泊城跡で、森甚五兵衛屋敷跡でもあり、江戸時代には陣屋が置かれていたところである。

 今は小学校の敷地の海側は埋め立てられて道路や家になっているが、往時は直接海に面していて、海岸から石垣が聳えていた。

 一旦町並に入ってしまうと、路地のような狭い道(幅2m~2.5m程度)が延々と奥に奥にと続く。






 このような古い歴史ある港町・漁師町の道路はこの程度の幅のところが多いが、多くのところは海岸沿いを埋め立てて道路にしているところが多く、椿泊のように昔からの道を今でもそのまま使用しているのも珍しい。

 でも、後ろは急峻な山、前は深い海ともなれば簡単に道路が造れないのでしょうね。

 それも海岸線に沿って曲がりくねり、およそ今現代の車の往来する道路とは思えません。

 この町並の特徴は窓際に手摺が付けられていることで、この地方の漁師町・港町の特徴の上下に開く戸板が備わっているぶっちょう造り(ミセ造り)があるのだが、この椿泊にはこのぶっちょう造りがないことである。
 
 また、つけられた手摺の多くには凝った彫り物が施されており、手摺だけを見て歩くもの楽しいですよ。
といっても脇見注意です!!
(一部引用しております。)

 さて本題の刈又埼ですが、椿泊の町並みを通り、突き当りまで行くと小学校があり、その先にも続いていますが、行き止まりでバイクも方向転換が大変なのでここで停車させてもらいました。

写真の左手に見えるのが小学校でこの石積みはお城の名残なんだろうか?

右手に防波堤がありますが、防波堤の向こう側にもスペースがあるので、そちらに置いたほうがいいです。

さてさて、ここから平坦な道を歩くこと10分


行き止まりです(^^;)
民家がありそのちょっとの隙間を通り向こう側に行かなくてはなりません。

これは逆から撮りました(犬が苦手なもんで早く過ぎたかったんです(^^;)

さて気を取り直して、出発!
意外と整備された道です。
どんどん突き進みましょう!!





多少は登りますが、5分ほどで灯台まで到着できます。






左右もなかなかの断崖絶壁です(^^;)


はい、刈又埼灯台です!

でもまだ先にいけますよー!!

灯台の裏側?に行くと・・・

こんな風に

 私にはここまでが限界でした(^^;)
先端だけあって、風は強いし立ってるのがやっとです

 写真では、あまり高さが伝わりませんが・・・
2.5m以上はありそうだったので飛び降りるのは無理でした


でも眺めは最高!!
私的には対岸の蒲生田岬よりこっちの方が「さきっちょ」感があって好きです。


動画は何でもない波打ちの風景です



てなことで、日本の岬 37箇所目制覇!
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